2009年7月29日
ヒンデンブルク号爆発事故の事故原因
1937年5月6日にアメリカ合衆国ニュージャージー州レイクハースト海軍飛行場で発生したドイツの硬式飛行船・LZ129 ヒンデンブルク号の爆発・炎上事故を指す。乗員・乗客35人と地上の作業員1名が死亡。この事故により、大型硬式飛行船の安全性に疑問が持たれ、それらの建造が行われなくなった。
1912年4月14日に起きたイギリスの豪華客船タイタニック号沈没事故、1986年1月28日に起きたアメリカ・スペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故などとともに、20世紀の世界を揺るがせた大事故のひとつである。
硬式飛行船の黄金期は突如として幕を閉じる。LZ129ヒンデンブルク号は、マックス・ブルス船長の指揮下のもと、ドイツ・フランクフルトを発ち(現地時間5月3日20時20分、アメリカ東部時間5月3日14時20分、日本時間5月4日4時20分)、2日半の大西洋横断後、現地時間(アメリカ東部時間)1937年5月6日19時25分(日本時間5月7日8時25分、ベルリン・フランクフルト時間5月7日1時25分)頃、アメリカニューヨーク近郊のニュージャージー州レイクハースト空軍基地着陸の際に尾翼付近から突如爆発。ヒンデンブルク号は炎上しながら墜落し、乗員・乗客97人中35人と地上の作業員1名が死亡した。このときの様子は写真・映像及びラジオ中継により記録され、現在も事故直後の様子を知ることができる。
事故発生当時は水素ガス引火による爆発事故ということで、浮揚ガスに水素ガスを用いるのは危険だとする説が流布された。ツェッペリン社は原因については一切公表しなかったが、外皮の発火実験を行い、外皮が事故の原因であるとの結論に達していた。この事実をツェッペリン社が公表しなかったのは、保険金の問題もしくはナチスの圧力が原因であると考えられている。その後、ツェッペリン社は外皮塗料を改良した新型機を製造したが、アドルフ・ヒトラーの指示により解体された。
その後、1997年にNASA・ケネディ宇宙センターの元水素計画マネジャー、アディソン・ベイン (Addison Bain) が当時の証言、映像分析、そして実物の外皮の分析により、事故の原因はヒンデンブルク号の船体外皮の酸化鉄・アルミニウム混合塗料(テルミットと同じ成分である)であると発表した。
彼の説は、ヒンデンブルク号の飛行中に蓄積された静電気が、着陸の際に着陸用ロープが下ろされた瞬間に、外皮と鉄骨の間の繋ぎ方に問題があったために十分に電気が逃げず、電位差が生じて右舷側尾翼の付け根付近で放電が起こったことから外皮が発火・炎上した、というもので、現在ではこの説が有力になりつつある(この場合、浮揚ガスが水素でなくヘリウムの場合でも飛行船は炎上する)。
また、ナチス工作員による自爆テロだったのではないかという陰謀説もある。当時、『飛行機の実用化を進めていたナチスにとって、「飛行船はもはや時代遅れ」という見方が強まっており大衆の目前で飛行船の危険性を印象づけることで航空機への転用を図ろうとした』という理由であるが、この説には証拠となる証言や物的証拠は一切存在せず、ツェッペリン飛行船製造会社とナチスは仲が悪かったという状況証拠のみを根拠としている。また、ヒンデンブルク号はドイツの威信を象徴する乗り物であり、さらに外遊先の敵国アメリカで、大事故を起こし全世界に醜態を晒すことなど、国家の体面を非常に気にしていたヒトラーやナチスが許すはずもないため、ナチスを嫌うツェッペリン社社長エッケナー博士の破壊工作と言う説もあるが、なんであれ単なる都市伝説の域を出ていない。ただ日本テレビがこの説を映像化して年末の歴史特番(時空警察)で放送するなど、この俗説が真面目に語られることもある。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
とても大きな事故で、大変な衝撃だったことが伺えます。
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